松永優藍染色展      7月5日(火)まで



新聞のコピーでは読みにくいので要約を掲載します。
藍の風合いと幻想的デザインが融合した染色作品を集めた「松永優藍染色展」が、大阪市東成区深江北3の画廊・交流施設「スペースふうら」で開かれている。5日まで。
 染色家、松永優さん(64)=埼玉県鴻巣市=の藍染め作品を展示・販売。このうち「遥かな旅の幻想」と題した作品は、朝鮮半島の十二支神像などをモチーフに、金銀箔(はく)も用いた絵画的なもので、人間の意識下に埋め込まれた古代をイメージしているという。風呂敷やコースターなど日用品もある。松永さんは、デモ警備中の警官が死亡した「沖縄ゼネスト」(71年)を巡って起訴され、無罪となった冤罪(えんざい)被害者でもある。「取り調べで徹底して自己を否定され、存在への確信が揺らいだ」と振り返る松永さん。「人間とは何か」をテーマにした作品群に、その反映がうかがえる。


この個展開催の初日、松永優さんにお話をしていただきました。冤罪・沖縄・そして藍の作品について自由にお話を伺いました。以下は私が受け取った言葉の一部です。私なりの言葉に変換しています。松永さんの発言そのものとは違いますのでご了承ください。

冤罪・沖縄

☆71年40年前に、沖縄返還を前にゼネストがあった。そして、でものさなか一人警察官が亡くなる。火を消したのだけれど殺人罪として逮捕される。一枚の写真の解釈が争われることになる。1年間拘束され、裁判が5年。無罪となったわけです。
☆国は自分の責任を認めない。18年の国賠裁判では地裁、高裁で勝って、最高裁で差し戻し、高裁で負けて、最高裁で負けるという18年でした。やれてよかったと思います。
☆何が間違っていたのか、共有していく。それが冤罪をなくしていく社会的基盤となると思う。村木さんのこと。布川事件のこともそうです。
☆沖縄へは紅型も含めて沖縄の工芸のすばらしさ、そしてそのときの時代、そういうようなものすべてを学んでいた、といえると思います。
☆逮捕されるわけです。汲み取り式便所が部屋の中にあり、とても臭気がすごいんです。少し傾斜がついていて、そこをウジが這い登ってくる。面会に来てくれるわけです。そして支援のことも知るわけです。しかしそのやさしさにもたれかかると、崩れてしまいそうな自分を感じていました。ぐっと堅くしておかなければ崩れるような。
☆自分とは何か、ものを作るとき・・真実を求めている。冤罪が引き起こす社会の奥深いところの真実と深いところでつながっている・・・・・外から見えない真実というものというのでしょうか。

藍について

☆金箔をはって藍に染める仕事をメインしています。藍染をはじめる前に友禅染をしていて、藍をはじめたときはカラー写真から白黒に写ったような感じでした。それから藍のすごさを気に入ってものを作っている。
☆金箔銀箔を入れてメタリックな藍色とであった。
☆何でも染めました。石ころもソーメンも。
☆口承による伝説、旅の記録。先住民族。 高い山に対する信仰。  沖縄 アイヌ インディオ・・・・。
☆僕の心の中で話をしながら、出会ってきた魑魅魍魎なもの、そういう記憶の深いところにあるもの・・・・生まれると信じ、生命をつないできて・・・長い聖なるもの、この中にひたっています。楽しくてわいわいと、そしてボクの古代が湧き出てくる。
☆言葉にしてしまったとき言葉の間からもれ出てしまった大切なものがあります。
☆作品を作るときはスケッチを何枚も作って、ねかして、それでまた見て、作品になるものならないもの、たくさんあります。
☆この時代は地獄みたいなものと同居している。現代はパンドラの箱を開けてしまった。幸福なもの不幸なものが入っている。


松永さんは沖縄と出会い、連綿と続く先住民族の文化とともに地球を旅したのだろう。そして、その沖縄には基地がのしかかり、米軍が支配し、本土が矛盾を押し付けるところだった。そしてその中で真実を握りつぶす国家とも出会うことになる。もしかして苦難の中でいのちを紡いでいく沖縄は松永さんの作品そのものではないのか。作本の中に出てくる鳥は、豊穣と悲しみが入り混じっている大地を、そして海を飛び続ける。行く先には彼岸というばら色のところではなく、ほころびもたくさんある金色の山。やわらかさ、甘さも苦さも混じっいる。山を覆うガスは形を変え、見るものを惑わすかもしれない。月は寄り添っているように見えるが、実は山を捨てるときもあるだろうに。作品は私たちをいろいろなところへ旅に連れて行ってくれる。(あきお)